景観についての所感(初稿2007.1.13)
ちょうど一年前くらい前のエントリで、今年の目標として景観に関する概念について掘り下げる年にしたいというエントリを書きましたが。結局その後1つも書きません(書けません)でした。
決してさぼっていていた訳ではないのですが、仕事が忙しかったのと併せて、どうもきちんとまとまらないと記事にしない性格が祟ったようで。本来ならば、昨年中に一度整理したいと思っていた視点も含めて記事にするものです。
書かなかったからといって『景観』に関して考えなかったのではなく、例年にないくらい『景観』に関する業務も多く、真剣に考える機会が多かったのも事実です。ここではあえて『景観』とはどういうものか?等の概念には触れずに記事を進めます。
2006年は通常の業務に加えて、景観形成に関するプロポーザルも多い年でした。ある自治体の景観法に基づく景観計画の策定に関するプロポーザル(これは僅差で2位でした)が1本、中国のある再開発地区の都市景観形成に関するプロポーザル(これも僅差で2位でしたが、提案内容が評価され1位の業者とコラボにより業務が進行中です)が1本、もう一つ中国のとある市の全体の街路景観形成に関するプロポーザル(かなり大規模な国際コンペでしたが1位を獲得、その後の具体的業務の話が来ています)を1本提出しました。近年の私の業務の中では異例のことでした。
ここ数年は、道路や公園等の実施設計の業務が多くを占め、現場にべったりの状況が続いていたため、現況の調査分析からコンセプトの提示、実現のための具体的方策やスキームのストーリーを組むのは久々の事で苦労もしましたが、逆に言えばこれまでの実績を論としてまとめ、ある意味集大成するという意味ではタイミング的にもいい機会でした。海の外から客観的に日本の都市景観を見る機会を得たのも久々でした。
また秋に開催された、JUDI(都市環境デザイン)関西ブロックのフォーラムの分科会で『レイヤーのデザイン』に参加した事も大きな経験になりました。分科会自体は時間が少なく、パネラーの皆さんの十分な議論を聞く事はできませんでしたが、都市景観や都市環境プロジェクトで常に私が軸として行っている『都市景観要素の分解と再構築』や『織り重ね』の手法について、間違っていなかったと確信できた点、さらなる視点を付加できた点等、勉強になったフォーラムでした。
昨年1月にflickrを始め、日本のみならず世界中のフォトグラファーの皆さんの写真を毎日見ると共に、自身も本格的に写真に没頭したのも、『景観』という面から見ても大きな出来事の一つでした。特に1位を獲得した中国のコンペでは、自らが撮った印象的な都市風景や提案に合致した望ましい都市風景の写真ベースにプレゼンテーションを行い、自分の仕事の中での『写真』の役割や有用性を大きく感じました。デザインの対象となる街の特性や問題点、望ましい方向性を『フレームで切り撮った風景』を居住者や観光客、デザイナー等、いろいろな視点で置き換え、語るという新しい方法論が構築できそうな気がしています。
景観法施行後、全国的にも景観条例の見直しや新たな景観計画策定の動きが進んでいますし、昨年の記事でも取り上げた日本橋の高架の問題が尚議論されていることや、電線地中化に巨額の予算が付いている事実もあります。昨年は『景観』に関する出版物や雑誌記事が特に多かった年でもありました。
また妻が関わっていた地域ブランドのフォーラムにおいても、地域の個性や魅力を、それまでの商品や箱モノではなく、その地域本来の景観や風土に求め始めている事も大きな転機であり、景観を軸に地域づくりを行う、いわゆる『景観まちづくり』が声高に叫ばれる時代に、私達コンサルもようやく大きな声を出せる時期にきていると感じる所もあります。
ただ、電柱を地中化すれば、広告看板を規制すれば日本の景観が良くなる。国や行政の施策において、どうもそういう安直な面が見え隠れするのが気になります。これは多くの学識や都市環境デザイナーも言っていることだとは思います。これからの日本の景観、日本らしい風景をどうやって保全・構築していくか真剣に議論すべきであるし、バブル崩壊以降、じわじわと温めて来た成果をきちんと提示していく時期に来ている、そうも感じます。
前述した、1位を獲得した中国の街路景観形成のプロポーザルですが、私達の提案が一番評価された点は(1)国土が狭く、山と海と街が近接した日本での景観プロジェクトの経験を生かした周辺の環境との調和を主眼においた提案内容。(1)日本人らしい全体に渡るきめ細やかな調査分析及び全体を網羅した提案。(3)簡素であるが実効性のある提案の3点でした。ちなみにコンペティターはフランスとオーストラリアのランドスケープ事務所でした。
日本人らしさ、日本らしい細やかさ、日本らしい自然や四季との関わり方等、近年の都市景観形成で少し忘れ去られている所がたくさんあると思います。今年はそれらをもう少し考えていきたいと思っています。
つい先日、flickrで知り合ったイタリア在住の日本人の方と年末年始の帰省の折に会う機会を得、二人で通天閣に登りました。
彼女は、通天閣の上から見る日本の建物が『箱』でしかなく、電線や奇抜な看板類が多いことを嘆き、毎年飛行機で帰国する空の上からの風景を見て、『懐かしくほっとするけれども、雑然とした街を見て悲しくなる』と言っていました。
とある本で、『日本の都市は世界で一番安全で清潔だけれども、世界で一番雑然としている』と書いてあったのを思い出します。映画『ロスト・イン・トランスレーション』を見た時にもそう感じました。
ではどうすれば『世界で一番安全で清潔で美しい』と言われるようになるかは、まだまだ分かりませんが、彼女が毎年帰国した時に『悲しくならない』街に少しずつでもしていけたら、そう感じた一日でした。
文責:shotam

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